日記・コラム・つぶやき

2011年4月16日 (土)

桜、散っちゃったなあ

桜、綺麗だったなあ。

桜が咲いて、

あったかくなって、

ようやく春がきたって思えるようになりました。

桜を見たり、

ごはんを食べたり、

友だちと会ったり、

家族とバカな話をして笑い合ったり、

散歩して空を眺めたりできることが

こんなにも愛しくて、かけがえのないことだったとは。

頭でわかっていたことと、

肌で感じることとは、

いつも重さが違うんだなあ。

今年の桜は、本当に綺麗だった。

ひらひら舞っているのに、どこかずっしりとしていた。

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2011年3月19日 (土)

買い占めの気持ちは他人事だろうか

今日も朝から、昨日と同じように朝が訪れてくれました。

家族がいて、朝ごはんを食べることができて、

水も火も電気もあって…。

「あたりまえ」がこなくなるかもしれないって思ってはじめて、

気づいたことがたくさんあるなって、

反省したり、感謝したりしている毎日です。

こうした状況なので、

いろいろな予定もキャンセルになり、

実家でゆっくりと過ごしています。

だから(ヒマ)というわけではありませんが(いや、あるか。汗)

いろんな思いをできるだけ書いていきたいなと思います。

東北では、今も孤立して物資が届かない地域があったり、

福島では、屋内退避している地域に物資が届かなかったりしています。

一日も早く、必要な人に必要なものが届くよう祈り、

届けようと動いている人たちに感謝する一方で、

関東を中心にした日用品の「買い占め」が問題になっています。

この「買い占め」、どこまでが「買い占め」なのか…。

人によっては、普通に買い物することにも

罪悪感を感じてしまうんじゃないかと心配になります。

「買い占め」のもとは、「不安」だと思うんです。

その不安は、人によって大小も、質もさまざまです。

私は、地震後、13日に鹿児島から帰ってきて、

近いうちに、大きな地震か、東京でも屋内退避を必要とするような

大きな原発事故があるのではないかと不安に思っていました。

だから、万一に備えて、2~3週間は家から一歩も出なくても、

家族や身近な人が生きていけるだけの、

水や食料や日用品が必要だと思いました。

とりあえず、最小限のものは揃えておこうと、

買えるものを買いました。

トイレットペーパーを1袋、お米10キロ、

お水はなかったのでお風呂にためたり、タンクに入れておいたり、

その他火を使わなくても食べられるものなどなど。

ついでに、お酒(ビール1ケース半、焼酎1升、梅酒1リットル、ワイン3リットル)とつまみなどなど。

お酒の割合が高いように感じるのはスルーしてください。笑

備えがあると、不要な不安はなくなります。

その後、スーパーからどんどんものが消えていっても、

必要以上に物を買わないようにしました。

それでも、

すぐにでも必要としている人が東北や福島にいるのに、

必要以上に買ってしまったのではないかなと

罪悪感を感じます。

そうした思いはなくならないけど、

今は自分が安心できる備えをして、

何かあったときには、うちにあるものを独り占めしないで

みんなで使うようにしようと、自分を納得させることにしました。

そうしたなか、

昨日、鹿児島の精光堂の皆さんから荷物が届きました。

お水、お米、トイレットペーパー、懐中電灯、電池、食料品。

私が鹿児島から東京に帰ってすぐ、

モノがないと慌てて不安になっていたのを聞いて、送ってくれたのです。

「万一東京から出れなくなったときのためと、まわりの方、親戚の方のために」

皆さんの心づかいに感謝する一方で、

私が送ってもらっている場合ではないと猛反省しました。

どうして、「私は大丈夫です」と言えなかったのか。

自分の弱さと小ささを恥じ入ります。

その一方で、送っていただいたものたちを見ると、

申し訳ないという気持ちと一緒に、

安心感があるのです。

他人事ではないと思いました。

買っても買っても安心できずに買い占めようとしてしまう人は、きっと不安なんだろうな。

ほんとうは、その不安を吹き飛ばしてくれる

人のつながりが必要なんだろうな。

自分のまわりに孤独を感じている人がいたら

声をかけあって、

物に頼らない安心感を広げていきたいと思います。

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2011年3月17日 (木)

できることを、ひとつひとつ

まずは、今回の震災にあわれた皆さまへ、お悔やみとお見舞いを申し上げます。

そして、ひとりでも多くの方がご無事であるよう、

また皆さんの痛みが少しでも和らぎますよう

心からお祈りしています。

地震があったとき、私は鹿児島の精光堂さんに出張に行っていました。

精光堂さんの専務さんは、宇宙からメッセージを受け取っている方で、

4年前から何度もUFOを見ています。

お店が桜島のあたりにあるという地理的なことも関係しているのかもしれません。

残念ながら、私はUFOを見たことがありませんが、

専務さんとの信頼関係の中で、それは事実だと思っています。

その専務さんが、今回の震災の前日に、とても深刻な表情で言いました。

「これから15日までの間に、日本に大震災が来る可能性が非常に高いです」

それは、「予感」や「メッセージ」だけでなく、

大きな地震が来る前の気候や、海流や、雲の形や、くじらやイルカが打ち上げられるなどの

あらゆる自然現象を毎日観測している観点から見た「予測」として、

また、そうした予想や予測をしている人の情報網から、

そうした条件が揃いすぎているということでした。

正直、その時は話半分に聞いていました(専務さんごめんなさい)。

なぜなら、それは起こってほしくないことだからです。

そういう予測は、外れるに越したことはありません。

でも、翌日の夕方、それは現実のこととして起きてしまいました。

テレビには、とても現実とは思えない光景が映っていました。

私はここで、そうした予測や予言を信じようとか、

次に何が起こるという恐怖を広げようというつもりは、まったくありません。

ただ、ある程度予測できていたことなら、

それは意味があって起こっていることだと感じるのです。

そして、今後さらに大きな被害が及ぶと予測されているのなら、

これ以上こうした被害を起こしたくない

という気持ちのもと、

自分たちにできることがあれば、

たとえ不便や多少の危険が伴っても、それをやりたいという気持ちでいます。

スピリチュアルなレベルでは、

この数年間で、人類の大きな価値観の変化があるといわれています。

世界は、「戦い」から「平和」へ、

「奪い合い」から「分かち合い」へ。

愛のエネルギーが高くなるといわれています。

今回の震災で、被災された方自身が、よりつらい人を思いやったり、

支援物資を分かち合っている姿に、心を打たれました。

そうした高潔さは、誰もがもっているものなのだと思います。

愛や高潔さを中心に据えて生きていけるかどうか、

人の真価が問われている気がしてなりません。

正直なところ、私はそうした人たちの高潔さに感動しつつも、

鹿児島からこちらに帰って、不安に打ちのめされていました(涙)。

千葉の家のガスと水道が止まったため、

帰って即日、東京の実家に避難しました。

津波のあとすぐに原発事故があり、

まだ大きな地震がくる可能性が3日以内に70%以上と報道されていたところに、

翌朝、専務さんから電話がかかってきました。

「今すぐ、西に逃げてください」

放射能の広がりは、報道以上だといいます。

政府の発言や放射能の測定値が操作されているとも。

パニックになってからでは遅いと…。

何を信じていいのかわからない…。

迷いました。

逃げるべきか、ここにいるべきか。

迷ったら、

自分の直感に従う。

私は残ることにしました(実際にはその結論に至るまで随分時間がかかったんですが。汗)

逃げたところで、家族や友人みんなが出られるわけではない。

そうした状況だったら、きっと一人でより安全なところに行っても、

大事な人のことが心配で不安は大きくなる。

だったら、ここにいて、できることをしようと思いました。

ただ、もし私に子どもがいたら、違う判断をしていたと思います。

原発事故以降、報道の信憑性に疑問を抱いて外出することを不安に思っている私に、母が

「あんたはまだ先が長いんだから、心配なら外に出るのをやめなさい。必要なものがあれば私が買いに行ってあげるから」

と言ってくれました。

…お母さーん(泣)

そうした家族の言葉に、

私はこんなに不安に沈んで、そのことでまわりを不安にさせて、誰かに守ってもらうようじゃ、人としてみっともない…。

目が覚めるような思いがしました。

誰かを心配することはあっても、不安にさせてはいけない。

必要以上に楽観的になるのはかえって危険だけど、

自分が納得のいく情報を集めた上で、

今できることをやって、

あとは運命に任せるしかない。

ハラが決まったら、あとは行動あるのみ!

自分の不安を少しでも減らすよう、

今の時点で納得のいく情報収集をして、

地震と放射能汚染の万一に備えた準備を整える。

震災にあっている人たちに向けて、祈る。

募金する。

自分のまわりで不安を抱えている人がいたら、

声をかけあって、一緒に前向きなエネルギーを作っていく。

いい言葉をひろげる。

できることを、ひとつひとつ。

今日は、計画停電の区域に入っていないけど、

母と一緒に節電です。

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2010年10月 3日 (日)

1年ぶりの秋の香り

おひさしぶりです。

今日は、谷中からの帰り道、

夜風と一緒に、ふんわりなつかしい香りがしました。

キンモクセイ!

この香りがすると、

秋だなあ、としみじみします。

夏がすごく遠く感じる…。

ああ、秋ってさみしいなあ。

夏好きの私としては、

もう夏が恋しいです。

夏から秋に変わる頃、

新潟の朝日堂さん、

大阪のグレースフジミさん、

群馬の誠美堂さんと

出張に出かけていました。

お招きくださったお店の皆さま、

お越しくださった皆さま、

どうもありがとうございました!

出張が続くと、ずっと気を張って集中しているためか、

終わると同時に急激にだらけます。

今回は出張がながーく続いたので、

丸々3日、仕事も入れず、胸を張ってだらけました。

だらけつつ、自分へのごほうびもたくさんあげました。

苦しくなるまでたこ焼きを食べて、

髪を切ってもらって、

マッサージにいって、

とびきりおいしいお酒を作ってくれるBARにいって、

冬眠したように寝て、

ようやく復活!

今朝は、朝から走って、

わずか3日で溜まったアルコール分と脂肪分を

発散するモードに切り替えてみました。

涼しくなると同時にわいてきたこの食欲の炎を、

運動する情熱に…

転換できたためしがない。。。

なかなか長続きしないランニングだけど、

走るとやっぱり気持ちがいい。

明日も走りたいな。

晴れるといいなー。

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2010年9月 9日 (木)

自由なところ

久々に鈴木亜紀のライブにいった。

強くのびやかで、開放されていて、

心に優しく響く歌声だった。

となりにいる御大に、鈴木亜紀の歌のどこが好きか聞いてみた。

「自由なところ」

御大が言った。

そうだな、と私も思った。

歌いたい歌を歌う

ありのままの自分を歌にする

行きたいところへ旅をする

感じたままを伝える

人からの見られ方に捉われない

一番愛するものを愛する

いろんな自由がつまっている。

そんな自由にふれて、

勇気をもらって帰る。

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2010年9月 7日 (火)

10年前の日記

使っていないノートないかなーと

本棚にあるノートをぺらぺらめっくっていたら

10年前の日記が出てきた。

おそろしく

こっぱずかしい。

そのころは、たぶん人生で一番迷い、荒れていた。

あいたたた。

ああもう、ほんとに痛い痛い。

そのころは、ニュージーランドから帰国して、

その先何をしたらいいのかわからずに、

バイトしたり、

しなかったり、

友だちとお酒を飲んで泥酔したり、

恋をしたり、

逃げたり、

自分を心配してくれる人をののしったり

泣いたり

していた。

心配してアドバイスしてくれる友だちを

「この人は、私のことをばかにしている。見下している」

「この人は、私のことを否定している。心がせまい」

「この人は、心の壁が厚くて、本心を語っていない」

などと言っている。

私を心配して、

言うべきことをはっきりと言ってくれた友だちの言葉は、

その時の私には、まるで鋭いトゲのように感じた。

だから、10年前の私は、

その言葉が心に届いていないと

思っていたけど、

ほんとは、届いていたんだ。

だって私は、今こうして、道を(あんまり)それずに、

幸せに生きることができている。

その時もらった言葉の意味を、

今はちゃんと受け止められる。

頭が理解するのは、

いつも心に届いたずっと後なんだ。

ともだちに、ほんとに感謝。

ちなみに、その時の私は、

ニュージーランドから帰って半年、

そのあと、どうやって生きていくのかを

ものすごく悩んでいた。

有機農業、占い師、整体師などの選択肢があった。

でも、すぐに仕事にできなくて、

先がこわくて、

一歩踏み出すこともこわくて、

結局また何かを探しに、長旅に出たわけだけど

(なぜか一人でインドに行くことはこわくなかったという不思議・・・。

今となっては、こわくてさみしくて、できなそう。人は変わるもんだ。)、

その頃から、

趣味で人の手相をみて、

「あなたは手相を見ながら、違う何かをリーディングしているように思う」

とか

「スピリチュアルなことを仕事にすれば、それはほんものになる」

などと、その筋の人に言われたと、日記に書いている。

そういう言葉が、後の自分に、

何かしらの自信を与えてくれたのかもしれない。

パズルのピースのかけらを

一生懸命、集めていたんだなあと思う。

10年前の私、いとしいぞ!

10年前の私は、たぶん消えてなくなっていなくて、

私という存在の一部なんだと思う。

だからやっぱり、

人の同じようなやるせない部分にふれた時、

いとしく感じるのだと思う。

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2010年9月 3日 (金)

ひまわり

Himawari

今日も朝から暑いです。

カレンダーの挿絵は、もうもみじなのに、

まだまだひまわりが似合う陽気です。

でも、蝉の鳴き声がパタリと止んでしまった。

少しさみしい。

夜は鈴虫の鳴き声が聴こえるようになった。

どこかしっくりこない秋の気配。

しっくりくるようになったときには、

ものすごくさみしいんだろうなあ。

夏に始めたサーフィンは、

なんだかんだでまだ2回しか行けてないけど、

肌の色は10回くらい行ったかのような…。

そうそう、2回目で、一瞬だけど立てた!

夏の大収穫。

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2010年6月24日 (木)

修行

出張から無事に戻りました!

やっぱり家のふとんは、ぐっすり眠れてしあわせ~。

今回はハードなスケジュールだったけど、

帰ってからも体の調子がいいです。

運動始めたからかな。

お酒飲まなかったからかな。

ももももしかして、鞍馬山でパワーアップしたからかー!笑

食事と運動(と飲酒)は、自分でコントロールできる(はずの)ことなので、

自分をいい状態に保ってカウンセリングするために、

いい習慣を続けていきたいと思います(ときどきハメをはずしながら…笑)。

今回の出張では、

「修行」ということについて考えさせられました。

たとえば、小さい時に、家庭内でひどいことがあって、今も親を許せないとする。

その「許せない」気持ちは、もちろん手放したほうが自分のために「いい」とわかっているけど、どうしてもできない。

今、許せないと言っている人に、許せないあなたが悪いだなんて、

誰に言う権利があるだろう。

正論とか、考え方の工夫では、どうにもならないことがある。

生まれ持った性質も育った環境も違う誰かの成功例が

自分にあてはまるとは限らない。

そういうときは、

せめて、そのことに向き合っている意味を伝えるしかない。

手放せるときは、突然やってきたりする。

それが、カウンセリング中に起こることもあるし、

起こらないこともある。

起こらなければ、その「修行」が終わるときを待つしかない。

真っ直ぐな心で生きているその人なら、

必ずその修行を終わらせることができると信じている。

その「修行」というのは、

人によっては、

誰かを許すまでの道のりだったり、

病気と闘って生きることだったり、

表現したものが強い説得力をもつまでの努力だったり、

事業で失敗して一からやり直すことだったり、

さまざまだと思う。

それは、つらくて苦しいことかもしれないけど、

あえて経験しなくてもいことかもしれないけど、

それが目の前にやってきたら、

逃げずに向き合うしかないと思う。

逃げずに向き合っている人や

逃げずに向き合った人は

強くて美しい光を、目の奥から発している。

そういう方をたくさん見ていると、

その修行は、無駄でも遠回りでも、ないのだと思う。

そんなことを思っていたら、

昔から心の支えになっているある人から

こんな言葉が届いた。

「お互いに終わりのない修業のような人生なのかもしれないけど、

今度会う時があったら、

お互い今よりもっと自信をもって何かを語れるようになっていたいものだ。」

またひとつ、

生きる楽しみが増えた。

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2010年5月 5日 (水)

ハマリモノ④ワンピース

すっかりハマってしまった。

ワンピース!

もう夏日だし。

花柄で、少し丈が短めで、生地は薄手がよくて、

私もすっかり女らしくなってしまった。ふふふ…

いや、違った違った。笑

マンガのワンピース!

50巻以上も続いている、超大作。

とあるきっかけで、読み始めてしまった。

これが、もう、熱い!

仲間とか、友情とか、冒険とか、夢とか、勇気とか、

熱く生きるヒントがいっぱい詰まっている。

読み始めると止まらなくて、うっかり夜中の3時とかになってしまう危険を伴う。

こんなにいいマンガ、どうしてこれまで知らなかったのか、不思議になる。

自分がハマり始めてみると、意外と身近な友だちとか、家族まで、

実は途中まで読んでいたりするから、びっくりする。

今、46巻くらい。最新刊が57巻まで出ているはずだから、

あと10巻読んだら、次の最新刊が出るまで、しばらくお預けの日々が来てしまう。

ああ、切ない…。

そうえいば、今日はこどもの日だった。

私にこどもができたなら、

小さいうちからワンピースを読ませよう。

こどもの日には、

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でっかいこいのぼりを、空に泳がせよう。

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2010年5月 1日 (土)

咲いた!

萌黄色がまぶしい季節になりました。

桜の木は、すっかりやわらかな葉で覆われ、

眠っていた観葉植物も、新たな葉っぱをにょきにょき出してきました。

もしや!と思って、庭にかけつけると、

Photo

咲いていた!

11月に豆蒔きした、ツタンカーメンエンドウの花。

7粒蒔いて、みんな芽を出したものの、

寒さに耐えられなかったのか、

冬を越せたのは2つだけだった。

ひょろひょろながらも、一生懸命ツルを伸ばして、

やっと春を迎えることができた。

そして!

見事!

Photo_3

花を咲かせた。

綺麗な二色の紫の花。

作物を育てる楽しみのひとつは、花にあるんだなあ。

すごくうれしい。

お豆収穫まで、もうひとがんばりだよー!

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