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2010年10月 7日 (木)

奥山淳志さんの写真展(10/5~10)

写真家・奥山淳志さんの写真展「Drawing」を見てきました。

すごくよかったです。

奥山さんは、岩手県雫石に住む写真家で、

一枚の写真から多くの物語を感じるような、

深い写真を撮る人です。

そんな奥山さんが、12年間、ずっと追い続けている人がいます。

北海道でひっそりと自給自足生活を営む、弁造さんという人です。

弁造さんは、今年91歳になります。

奥山さんは、四季ごとに移り変わる北海道の弁造さんのおうちを訪ねては、

その背中をみて、いい話も、くだらない話も聞いて、

少しずつ、弁造さんにとって、家族のような、空気のような存在に近づいて、

その過程で、ずっと弁造さんという人間から溢れ出すものを

カメラの中に収めてきました。

昨年も、弁造さんの写真展があって、見てきました。

今年も、今年の弁造さんを見せてくれました。

今年の弁造さんは、もう、涙が溢れてとまらなかった。

生きるということについて、たくさんのことを感じました。

*    *    *    *    *    *

あまりに想いがあふれてしまって、

写真を撮ってくるのを忘れてしまいました。。。

奥山さんは、言葉で語ろうとしない人なのに、

なぜか言葉もすごいんです。

DMに書かれた奥山さんの文章を、そのままご紹介します。

↓↓↓

 北海道に暮らす弁造さんの家の中心には、イーゼルが立っている。

その前で発砲スチロールの箱に座り、絵を描くのが、今の弁造さんの大切な時間だ。

 絵は弁造さんにとって大きな夢だった。

夏は荒野を開墾して金をため、冬は上京して画学校で絵を学ぶ。

若い頃はそんな暮らしを何年も続けた。

 「絵のための人生」。弁造さんは青年期の自らについてそう語った。

しかし、現実として、その「人生」を描き切ることはできなかった。

 絵をやめる理由は、きっといくつもあるだろうが、弁造さんが絵をやめた理由は、

”人生の出来事”に対し、自らの意地や信念を貫くためだった。

それはきっと、「誰の人生でも起こりうること出来事にすぎない」と人は言うだろう。

僕もそう思うようにしている。

 それでも、弁造さんを訪ね、その描く姿にシャッターを切るたびに、胸が震えるような、溢れるような思いにとらわれる。

病気が原因で震える指先も、キャンバスに向かう際の少し呆けたような表情も見慣れたはずであるけれど、いつも何かが溢れて、止まらない。

 「残りの人生で、描けるのはあと数枚」と笑う弁造さんが、今、描いているのは母と娘だ。

91歳になる弁造さんにとって、それが何を意味するのか、僕にはわからない。

 「何かを得て、何かを失う」と、以前、弁造さんはメモに書き記していた。

 絵も言葉も、簡単にわかったような気持ちにだけはならないように気を付けている。

*    *    *    *    *    *

写真展は、10月10日の日曜日まで、東京の四谷で行なわれています。

会期中、奥山さんも会場にいらっしゃるようです。

ぜひ、足をお運びください。

*    *    *    *    *    *

●開催地:トーテムポール・フォトギャラリー

●住所:東京都新宿区四谷4-22 第二富士川ビル1F

●電話:03-3341-9341

●会期:10月5日~10日

●時間:12:00~19:00

http://tppg.jp/

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