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2010年6月24日 (木)

修行

出張から無事に戻りました!

やっぱり家のふとんは、ぐっすり眠れてしあわせ~。

今回はハードなスケジュールだったけど、

帰ってからも体の調子がいいです。

運動始めたからかな。

お酒飲まなかったからかな。

ももももしかして、鞍馬山でパワーアップしたからかー!笑

食事と運動(と飲酒)は、自分でコントロールできる(はずの)ことなので、

自分をいい状態に保ってカウンセリングするために、

いい習慣を続けていきたいと思います(ときどきハメをはずしながら…笑)。

今回の出張では、

「修行」ということについて考えさせられました。

たとえば、小さい時に、家庭内でひどいことがあって、今も親を許せないとする。

その「許せない」気持ちは、もちろん手放したほうが自分のために「いい」とわかっているけど、どうしてもできない。

今、許せないと言っている人に、許せないあなたが悪いだなんて、

誰に言う権利があるだろう。

正論とか、考え方の工夫では、どうにもならないことがある。

生まれ持った性質も育った環境も違う誰かの成功例が

自分にあてはまるとは限らない。

そういうときは、

せめて、そのことに向き合っている意味を伝えるしかない。

手放せるときは、突然やってきたりする。

それが、カウンセリング中に起こることもあるし、

起こらないこともある。

起こらなければ、その「修行」が終わるときを待つしかない。

真っ直ぐな心で生きているその人なら、

必ずその修行を終わらせることができると信じている。

その「修行」というのは、

人によっては、

誰かを許すまでの道のりだったり、

病気と闘って生きることだったり、

表現したものが強い説得力をもつまでの努力だったり、

事業で失敗して一からやり直すことだったり、

さまざまだと思う。

それは、つらくて苦しいことかもしれないけど、

あえて経験しなくてもいことかもしれないけど、

それが目の前にやってきたら、

逃げずに向き合うしかないと思う。

逃げずに向き合っている人や

逃げずに向き合った人は

強くて美しい光を、目の奥から発している。

そういう方をたくさん見ていると、

その修行は、無駄でも遠回りでも、ないのだと思う。

そんなことを思っていたら、

昔から心の支えになっているある人から

こんな言葉が届いた。

「お互いに終わりのない修業のような人生なのかもしれないけど、

今度会う時があったら、

お互い今よりもっと自信をもって何かを語れるようになっていたいものだ。」

またひとつ、

生きる楽しみが増えた。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

逃げることも選択肢のひとつのような気がします。
ある意味逃げるほうが辛いからそれも修行のような……

能書きたれてすみません。

投稿: H.Y | 2010年6月25日 (金) 12時10分

H.Yさま

そうですね。
逃げることが楽かと思ったら、
ほんとは辛いことなのに、
逃げている自分を受け止めるしかないときもありますよね。

その中で、何かに気づけたらいいなと
思います。


投稿: エリカ | 2010年6月25日 (金) 13時40分

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